『ふたり』

小さな絵本的ミニ冊子を描いた。

実は絵本を描くことは小さなころからやってみたかった。

確か小学生3年生くらいのころ、一度描いてみようとトライしたことがあった。しかし真っ白なノートに1ページ目の絵と文字を書いて挫折した。

その理由は詳しく覚えていないが、書き上げるほどのエネルギーがなかったのだろう。

今回つくったのは、13×13㎝という小さな画用紙絵本ノート(無印良品から出ている商品)に落書きのようにラフに書いた、絵本とは呼び難い一冊。

それでも、22ページの白紙を自分の伝えたいことで埋めるまでに1か月の期間を要した。のんびりと進めていったために時間がかかってしまったのだが、ここ1年間に感じたことを少しは表せたのではないかと思う。

タイトルは、『ふたり』。

この一冊を描く一番のエネルギーとなったのは、パートナーと過ごした1年間を振り返るものをつくりたいという想いだった。

10年来の友達である私たちだが、パートナーとしての時間はまだ1年しか過ごしていない。この1年は全体的にかなり濃密であった。大学生最後の年ということもあり、たくさんのことを思考していたと振り返る。

『ふたり』の登場人物は「ひとり」と「もうひとり」と「ふたり」で、パートナーと自身の関係性を踏まえて描いている。ただ、単にふたりの時間を描いたところで私のエネルギーが収まらず、構想しているうちに「わかりあえなさ」や「ことばにできないもの」とのかかわり方がテーマとなっていった。

ふたりの関係のあり方を俯瞰して捉えつつ、社会における自らの疑問とそれに対する考えをそこに重ねて描いた、といったところだ。

限られたページ数であることと、自分は絵の表現力に乏しいことが難点だった。そのうえあまり複雑にしすぎるとまた挫折するのではないか(中途半端に終わってしまうのではないか)という不安もあった。

結局、自分の納得する点の三歩手前にとどまり、また描きたいと思うくらいのポイントで書き終えた。

多分、はじめの一歩はそのくらいがいいのかもしれない。(甘すぎるかもしれないが。)

納得する点から三歩下がったところにいるものを公開するのはいかがなものかという気持ちを抑えながら、ストーリーを引用してみようと思う。

せっかくブログを書いているのだから公開してみるか、というノリである。

街は静まりかえり ネットの上は ますますさわがしくなっていた

それまでの日常はあたりまえでなくなり 新しいに日常が広がりつつあった

そんなある日 仲良くなったふたりがいた

そのときそこにはふたりをつなげるものがなくて

ただただそこにふたりがいるだけだった

そこから少しずつふたりの道を歩むようになる

いつまで続くのかどこで曲がるのかだれにもわからない

親しいふたりになってしばらく ひとりはその関わり方に頭をかかえていた

もうひとりの愛にこたえられていないような気持ちになって 心がずしっと重くなった

しばらくして これでいいんだって 心が軽くなるのを感じた

愛の深さがちがくても 好きの色合いがちがくても それでいいんだって

いつのまにかふたりはたくさん話すようになっていた

なんでそう思うのか なにがその気持ちをつくるのか たくさんたくさん話していった

たくさん話していくたび ふたりはちがいを知ることになった

ひとりの意見にもうひとりは「わかるよ」といわない

考え方がちがうから「そうだよね」といえない

ふたりがどんなになかよしになっても越えられない おおきな壁のように見えた

それでもいっぱいたくさん話した 壁が見えてもたくさん話していった

いつしかわかりあえないことは ふたりのあたりまえになっていた

わかりあえないからたくさん話す

わかりあえないからたくさんのことばで表現しようとする

その時間がふたりの関係をつくりあげた

それでもやっぱり わかりあえないのは苦しい 悔しい

だって話すたびに 話しているのに 壁が見えてくるのだもの

なんでふたりがふたりなのか そんなことも聞きたくなる

わかりあえないからふたりなの?

でもそんなこと聞かなくていい

ほんとうは意味なんてなくていい

ただそこにふたりがいる

それで十分でしょう?

おしまい

2021-08-24|タグ:
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