一口に「修復」といっても、破損にも種類がある。
そして、それぞれの状態に合わせて施す手法、工程が異なるのが興味深い。
前回「登場器」を紹介したが、その中にも破損状態は大きく分けて3つに分類される。
まず、sghr(スガハラ)のガラス皿2枚と切子のピッチャーは器が複数のパーツに分かれた「割れ」の状態。これらは手が滑って落としてしまったためほとんどの破片が残っている。

一方、黒い陶器のお皿(作家、メーカー不明)は硬い場所にぶつけた際にできた「欠け」の状態。欠けた破片はもう存在しない。

実家に帰省した際、もう一つ欠けたカップを見つけたのでこれも追加することにした。
2017年に迎えた遠藤丘氏のマグカップ。土の素材感が気に入っていたが、欠けてからは棚にしまわれたままだった。

そしてFire-king(ファイヤーキング)のマグカップは、亀裂の入った「ひび」の状態。
金継ぎを調べていくと「にゅう」という言葉も出てくるが、「ひび」は水漏れする状態のもの、「にゅう」はひびになりそうな亀裂の状態を示すようだ。(『金継ぎの技術書』参照)
このマグはコーヒーを飲んでいると手にコーヒーが滲み出てきてしまうため「ひび」。

タイトルに書いた、今回のメインである「くっつける」という作業は、上記の破損の中でも「割れ」に必要な工程である。
目次
「むぎうるし」を作る
まず、割れた器を「くっつける」ための接着剤を作る。
この接着剤には「むぎうるし」というものを使う。小麦粉を使うから「麦漆」と書く。
作り方としては、小麦粉に少量の水を少しずつ加えていき、手で触ってもくっついてこない程度の硬さまで練る。小さなパンを作るような要領でグルテンを出すべくさらに練っていく。
パンや菓子を作る人間としては小麦粉の種類が気になったが、先生は「薄力粉でも強力粉でも問題ないですよ」とおっしゃっていた。グルテンを利用することを考えれば、たんぱく質含有量の高い強力粉を使った方が合理的なのだろうか。(工藤かおる著『金継ぎの技術書』には「中力粉」と書かれている。)

練り上がったら細くうどんのように伸ばして切り、漆と混ぜやすいようにする。
そして、練り上げたものと同量の生漆(きうるし)を1:1の割合で混ぜ合わせていく。

少しずつヘラで小麦の生地と漆を練り混ぜる。
これが結構力のいる作業。平気な顔をしてやっていたが、実際はかなり手にきていた(笑)。

小麦と水、漆がちょうどいい比率で練り混ざると上に引いた時に糸を引くようになる。こちらが麦漆の良い状態だそう。
麦漆を塗る
前回削って下地の漆を塗った部分へ、麦漆を塗っていく。
爪楊枝のような細いもので、こすりつけるようにして接着面にくまなく塗る。


塗り終えたものはすぐにつけるのではなく、少し乾かしてからつけるのが基本。
その日の気温と湿度にもよるが、常温で夏だとおよそ1時間、冬は2~3時間ほど待ってからそれぞれのパーツを組み合わせるのだそうだ。
ガラスの皿は宙に浮いていて安定しないため、テープで補強して漆風呂へ。麦漆が硬化するまでには10日~2週間を要する。
どうする、割れたピッチャー
さて、こちらの割れたピッチャー、かなり複雑に割れていてそのうえガラス自体がとても薄い。
破損の状態を表すなら「割れ(完全に割れている)」×「ひび(亀裂がたくさん)」×「欠け(どこかにいってしまったパーツもある)」。
もう一度液体を入れて使えるようにするにはどうしたらいいか、ということになった。

これを大切にとっておいた背景としては、友人からの頂きものでとても気に入っており、気持ち的に捨てられなかったから。「割れた素材」として持ってきてはみたものの、内心は「超初心者でできるのか?」と半分諦めの気持ちもあった。
先生に「こんな壊れ方をしていて直せるのでしょうか」と伺うと、
先生は「何も手を加えなければ壊れたままなのだから、上手くできるかどうかではなくてやってみたらいいじゃない」というなんとも前向きなお言葉が返ってきた。
その一言で心にあった躊躇いが消え、思い切ってピッチャーの半分を漆で塗り、和紙で補強することにした。和紙の上から何で装飾するかはまだ決めていない。
表と裏両面に漆を塗る。写真では分かりにくいが、表面には茶色の漆を、裏面には塗った部分を区別できるように色が入った漆を薄く塗っていった。

こちらが2週間後、乾いた様子。裏地に塗った緑の色漆も、乾くと色が落ち着いた色になっていた。

今回の作業はここまで。
金継ぎは自然の素材を使って行うものだと心得ていたものの、普段自分が菓子やパンを作るのに使っている粉が接着剤の主素材になるというのが面白い。
まだ慣れないからか、作業に熱中していたかと思えば、ふと「これ、小麦粉だよね?すごいなあ。」と我に返る瞬間があるのだ。
先生の雑談が最高すぎる
先生に何か質問すると様々な事例を交えて詳しく説明してくださる。お話も興味深くて2時間があっという間に感じる。
特に、地域性に富んだ漆ならではの「この地域の○○塗りはね…」という話が好きだ。
この日は琉球漆器(琉球王国時代に確立された、中国の技法が組み込まれた沖縄の漆器)の中でも、堆錦(ついきん)について話してくださった。
写真は受講生が持ち込んだという漆器。クローバーのような草と花びらが少し浮き出ているのが見えるだろうか?

この凹凸はなんと漆でできているのだそう。漆に顔料を混ぜて色のついた「堆錦餅(ついきんもち)」というものを作り、それを薄く延ばして切り取り、貼り付けることで立体的な装飾を表現しているという。
なぜ「餅」と呼ばれるのか気になっていたところ、ちょうど読んでいた本に琉球漆器のページがあった。
気温と湿度が高い沖縄は、島全体が漆室のような気候ですぐに漆が硬化してしまう。そこで編み出されたのか「堆錦餅」だ。
堆錦餅は、まず生漆を鍋などで加熱、沸騰させる。これにより漆の水分と硬化に必要な酸素が蒸発し、硬化時間を遅らせることできる。
煮終わった漆に顔料を混ぜてこねていくのだが、どんどん固くなっていくため、杵で餅をつくようにハンマーでたたきながら練っていく。これをシート状に伸ばしたものを「堆錦餅」という。
加藤利恵子著(2021)『金継ぎと漆』pp.54
なるほど、地理的な要因、気候や風土に合った方法でその地域ならではの技法が確立されたのか。
次はどんな面白いお話を伺えるのか、楽しみである。
続く。
#漆芸見習記 とは…
「漆・金継ぎ教室」に通い始めた筆者が、金継ぎを習得していく様を記録した連載である。出典がなく書かれている情報はその日先生に教わったこと。引用していることは疑問に思って調べた部分。知識が不十分であるため、言い回しや情報に不備があればぜひコメントでご指摘ください。
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