祈り【きまぐれエッセイ】

今年の夏は家族の温かみや優しさや、生命力を感じる夏であった。

ここに、この夏の小さなエピソードをいくつか綴ってみようと思う。祖父の冥福を祈りながら。

食欲

そのころの祖父には
食欲なんてものは皆無になりかけていた

8月に入ってすぐのころ
いつものように祖母がどこかからいただいてきたメロンを
食後のデザートにと切り分けてくれた

メロン農家でもない方が
趣味程度に育てたというメロン
さっぱりとしていて甘かった

祖父が寝ている隣のダイニングで
私や母がメロンにかぶりつき
美味しいね
と話していた

食べ終わって祖父の元へ行くと
そこにはノートに綺麗な字で
「メロン食べたい」
の文字

夏の美味しさを共有できたことに
感動した瞬間だった

激励

声が出にくくなってからは
何かを叩いて我々を呼ぶことがあった

その日も廊下を挟んだお茶の間で
みんなでワイワイと話していた時のこと

祖父のいるベッドから
パチン、パチン
と何かを叩く音がした

祖母が
どうしたの
と言いながら

駆けつけたと思いきや
すぐに笑いながら帰ってきた

膝を手で叩いて
あなたたち二人を激励しているのだと

しばらくパチン、パチン
と鳴らしてくれた

言葉数の少ない祖父の
最大限の激励を受けた気がした

夫婦

ある日祖母に向かって
「俺はどうしたらいいのか」
と書いて見せたそうだ

なかなか眠れないし、起きているのも辛い
その辛さをぶつけられたのは長年連れ添ってきた妻、祖母だけであった

その問いに対し祖母は
「私のそばにいればいいんだよ」
とひと言

「そうか」
と納得する祖父

介護で寝不足、腰が痛いと言いつつも
本人にはただ側にいてほしいと
即答できる祖母の素敵さ

夫婦としての一つの幸せのカタチを
教えられた気がした

乾杯

水も飲むのが辛くなってから1週間が経とうとしていたころ

ノンアルコールビールなら飲めた
との知らせを受けた

なんだそれ
と不思議に思いながらも
それが祖父らしいと家族みんな思っただろう

それを知ってすぐ
私はスーパーに行き
ノンアルコールビールを買ってきた
少し遠くから
ビールテイストなら飲めちゃう
その奇跡に乾杯した夜は
どうにも涙が止まらなかった

祖父が旅立ったと知らされたのは
その次の日のことであった

ものづくりに没頭する姿や、人の話をよく聞いてふとしたときに的確なことを口にする姿。

言葉を介して何かを伝えられたわけではないが、25年間祖父の姿から多くを教わってきた。

何を話すわけでもないが近くにいて居心地がよく、学校から帰ると祖父の隣の机で勉強をしていたし、お見舞いに行っても足元でのんびり読書をしていた。

祖父の言動、生きる姿から感じたこと、祖父に懐いたこれでもかというくらいの感謝の念…

この夏に触れたたくさんの感情は心に残り続けるだろう。

2023-08-29|タグ:
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