おいしいチョコレートを使っているのだから、「おいしい」のは当たり前。パティシエなら「美しい」作品を目指すのが一種の宿命なのかもしれないと思います。もちろん見た目がすべてではないけれども。
でも、そこに作り手の世界観が吹き込まれたとき、その「おいしい」「美しい」を超えて、「楽しい」とか「癒される」とか、時には「作り手の世界を旅する」、そんなワクワク気分にまで到達できたら、これほどうれしいことはないなあ、と思っています。
そんな想いで、お菓子作りに向き合いたいなあ、と思う今日この頃です。
ここでは、今回のテーマから一粒一粒の味の説明までを記していこうと思います。
ひと箱のテーマ
今回のショコラのテーマは、「Lysの日常」。
まず、改めて私が高校生だったころに、自分のお菓子が生まれる家(ホーム)を「pâtisserie Lys(パティスリー・リス)」と名付けた背景を紹介させてください。
Lysというのは、フランス語の「une fleur de lys(百合の花)」からきています。単純に名前が「ゆりこ」であるが故に、百合の花が近い存在なのです。百合は、「lis」という書き方が一般的ですが、あえて「lys」にしているのは、「y」がYurikoのYでもあり、親しみがあるからです。
高校生の私なりに、いろいろ考えていたのですね(笑)。
そして、今回のテーマについて。「日常」というのは、作り手の日常にあるもので表現したい、という想いを込めています。
特別な食材を使うことは、特別感があってよいのかもしれませんが、自分が日々楽しんでいる世界、日常にごく普通に存在している食材を使うことが、実は最も自分の世界観の表現に結び付くのではないかと考えました。
以前作った際のテーマは、20歳になったということもあって「大人なショコラ」がテーマでした。少し背伸びしたくなる、そんな時期だったのだと思います。
しかし時を経て、様々思考するうちに、今は自分の手元、身近な部分、コアな部分に光を当てることが大切なような気がしているのです。
一粒一粒こんな味
ひと箱は、6種構成。
今回は、結構シンプルなデザイン、地味な色を集めたくなりました。サイズも小さ目で、一口でポンと食べられる感じ。
大きいのは手作りならではだと思いますが、フランスでは「かじる」ということがテーブルマナーとしてはよく見られないのが一般的。一口でも食べられる大きさ、それが「ボンボン(仏語で飴)」という名のついたショコラの姿なのかな、なんて思いながら大きさを決めました。
一応、説明のところにこれと食べたらいいかな、というペアリングの飲み物を書いてみました。科学的な相性を考慮しているわけではありません。理屈よりも直観の方が真実をついていることもありますので。
食べる際の参考になればと思います。ちなみに、「カフェタイム」を想定してペアリングを選んでいますが、ウイスキーやワインなど、お酒と合わせるのも最高だと思います。
ユズ
柚子好きの母の影響で、柚子は幼いころから身近にあったように思いだされます。柚子大根に、柚子ジャム(柚子茶)。子どものころは大好き、と思える香りではありませんでしたが、最近は柚子の香りに癒されている自分がいます。
この冬、柚子をたくさんもらう機会があり、大切に砂糖漬けにして保存していました。それを今はカクテルやお菓子作りに使っています。
この一粒は、フレッシュな柚子果汁と柚子の皮、そして砂糖漬けにしておいた柚子の皮を使ってミルクチョコレートでガナッシュにし、それをスイートチョコレート(カカオ55%)にしのばせました。
バランスをとるために、和歌山県産のクラフトジンを少量ですが加えています。味覚が鋭い方は、ほんの少し、ジンのボタニカル感を感じられるかもしれません。
私はこのジンと自家製柚子シロップを合わせてカクテルを作るのが好きで、そんなこともあって、あえてジンを副素材として選びました。
ペアリング:ほうじ茶、緑茶など
ソバチャ
冬になると、無償に韃靼蕎麦茶を飲みたくなります。香ばしい香りが香りつつ、さっぱりとしているお茶。
実は、小学生のころの水筒の中身が韃靼蕎麦茶でした。
寒い教室で、フーフーとしながら温かい蕎麦茶を飲んでいた光景が今でも思い浮かべられるほどです。いま思えばなんと贅沢な水筒を持たせてもらっていたのかとも思います(笑)。
韃靼そば茶の成分を調べると、ポリフェノールの一種であるルチンがたくさん含まれているのだそう。また冷え性にも効果があるとのこと。私は単に香りが好きで飲んでいましたが、冬になると飲みたくなる理由は、調べてなるほど、と思いました。
今回のショコラは、そばの香りを感じにくいかもしれません。(改善点です…)
それでも、コーヒーなどの香りの強い飲み物ではなく、ハーブティーやお水と一緒に食べれば、ふんわりと、チョコレートの奥に潜む香ばしさを感じます。
ガナッシュはスイートチョコレート(カカオ66%)、コーティングはミルクチョコレートを使いました。
ペアリング:白湯、お水など
チャイ
チャイも、寒いと飲みたくなる飲み物の一つ。
使うスパイスと茶葉によってバラエティーが無限大のチャイは、楽しく、疲れたときや体を温めたいときにとっておきです。冷たい雨の日に作るチャイは格別なのです。
今回はシナモンとカルダモン、スターアニスを使い、クセの強すぎない、でもチャイ感が残る、そんな一粒にしました。茶葉はHAMPSTEAD TEAのダージリンを使用しています。
ペアリング:ミルクティーなど
プラリネ&フェンネル
ヘーゼルナッツペーストとサクサクのフィユティーヌ、ミルクチョコレートの甘い層と、フェンネルシードで香り付けしたスイートチョコレートの層。二層仕立てにすると、なんだか一つのミニチュアケーキを食べているかのよう。
フランスで恋をしてしまったお漬物、シュークルートは、帰国してからも欠かさず仕込んでいます。お塩とキャベツだけを使い、乳酸発酵させるという製法ですが、そこにスパイスを加えると、それだけで一つの前菜になるくらい、満足度と幸福度が上がります。
そして、シュークルートに加えるスパイスとして日常に登場するのがフェンネルなのです。
そんなわけでショコラにフェンネルを使いたくなり、ナッツと組み合わせることにしたのでした。
ペアリング:コーヒーやジンジャーティーなど
コーヒー
ボンボンショコラ制作に際し、構想を練る前から作ろうと決めていた味、それがコーヒー。
大切なお友達ご夫婦がやっているRED POSION COFFEE ROASTERSのコーヒー豆を使ってお菓子を作るのが、幸せなのです。
コーヒーのクオリティが段違いなのはもちろん、お二人の優しさ、温かさを持ち、それでいてクールな感じ。それが何より大好きです。
個性が引き立たされたお豆たちは、コーヒー(赤い液体)として私の毎日の暮らしに寄り添うように、存在しています。
今回使用したのは、Ethiopia Yirgacheffe Gersi Natural。コーヒーも多様ですが、私が特に好きなのが、フローラルで、ティーライクで、優雅なもの。ボンボンショコラに使用したこのお豆も、ド直球で好きなタイプでした。
チョコレートとコーヒー。生産される地域、コーヒーベルトとカカオベルトは重なる部分も多く、さらに実を収穫し、発酵させ、乾燥させた種を原料とする、というプロセスも似ています。その組み合わせは、王道ですが、幸せです。
ペアリング:フローラルなハーブティーなど
ハニー・キャラメル・カモミール
キャラメルとチョコレートは、王道の組み合わせ。だからこそ、個性の出しがいがあります。
今回は、甘いカモミールのミルクティーをイメージしながら、きび砂糖を焦がしたキャラメルに、アカシアのはちみつを加え、カモミールの香りがふわっと香るボンボンショコラにしました。
カモミールは、フランス留学中に通っていた量り売りのエピスリー(スパイスや生鮮食品を売っている小さな小売店)で購入した、ビオのもの。
私はストレートで飲むことが多く、夜の落ち着いた雰囲気の中、飲むカモミールがたまりません。そしてハーブティーにするとぱあっとお花が開いてかわいいのです。
香りは華やかで、苦味がある感じも大好き。鎮静効果や抗酸化作用のあるカモミールは日常を豊かにしてくれるように思います。
この一粒は、そんな私の好きという気持ちが詰まったボンボンショコラです。
ペアリング:カフェラテやホットミルク(豆乳)、白湯など
オランジェット
トータル2週間かけて作るオレンジコンフィをスイートチョコレートでコーティングしたオランジェット。
柑橘の苦味が好きな方、チョコレートとオレンジの組み合わせが好きな方には気に入っていただけるはず。
オレンジは、あおとくるさんのもの。減農薬で丁寧に育てられたジューシーなネーブルオレンジをあおとくるさんから買えて、それがあったからこそ、小さなキッチンで時間をかけて仕込む気になれました(笑)。
素材があってこそ作れる、作りたくなる、その気持ちを改めて強く感じました。
オレンジの甘味、苦味とチョコレートのコクの組み合わせ。
ペアリング:コーヒー、緑茶など
ラッピング
ラッピングも、個性の一つ、ですよね。
今回は簡易的な箱に6種のボンボンを入れ、その上にオランジェットを乗せ、それをくるっとコットン布で包みました。
テーマ通り、飾らないラッピングを目指して。
布は、テーブルを拭くのにでも使っていただけたらと思います。
いろいろ書いてきましたが、あくまで私にとってチョコレート制作というのは、自己満足に過ぎません。正解、不正解なんて存在しない世界です。
でもだからこそ、私が今表現する世界を、みなさんにどう見えるのか、それを知りたいなあ、なんて思っています。
「味見役」になってくださった方々、ありがとうございます。みなさまのご感想、おまちしております。
pâtisserie Lys Yuriko
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