【きまぐれエッセイ】煙草の匂いで思い出すのは

煙草の匂いはお好きかしら?

駅前の喫煙コーナー。たむろして煙草を吸う若者たち。

わたしはそれらの前を通るとき、息を止めたくなる。強すぎる煙草の匂いは、正直嫌いだ。

でも、煙草の匂いが全部嫌いかというと、そうではない。

いや、嫌いだって思いこんでいたのだけれど、最近、

あれ、嫌いじゃないのかも?

と思うようになった。

なんでかって?

それは、煙草の匂いが懐かしく思えることに気づいたから。

その思い出は初めての海外、カナダのバンクーバーでのこと。

わたしは高校2年生だったかな。

ホームステイをして、ステイ先の家族の温かさそのものが、わたしの「初海外」の思い出になっている。

どんなことも初めてはドキドキするし、思い出が普通の思い出の何倍にもなって脳裏に焼き付いている、そういうものでしょう。

そのホストファミリーのママが、煙草を吸う人だった。

彼女はピアニストで、ピアノの先生なんかもしていて、時々ドレスにハイヒールを身にまとって出かけていく。

レストランや結婚式で演奏するのだという。

ある夜、わたしが一生懸命日記を書いていたら、彼女がやってきて、

「見てあげるわ」と一言。

「こう見えてもジャーナリストを長いことしていたのよ」と言う。

そうして、慣れない言語で書いた文章を読んでもらうことが何度かあった。

日記には、自分の気持ち、不安なことだって書いていたから、彼女はその内容を読んでは、将来のことやわたしの不安に思うことに向き合ってくれた。

アドバイスをくれることもあったけれど、ほとんどはわたしを無条件に肯定してくれた。

そんなやり取りをしていると、いつの間にか彼女との距離が近くなってゆく。

バンクーバーの夏は、一日が長い。夜9時になってもまだ明るい。

そんな夏は決まって、バルコニーで夜遅くまでお酒を飲みながら話をする。

そのバルコニーは、ホストママの煙草を吸う場所でもあった。

わたしはその夜も、いつものようにリビングでのんびり、猫と戯れていた。その時ママはわたしをバルコニーに呼んだ。

わたしはなんだか少し寂しい気分だったから、「ああ、お話できるの嬉しいなあ」と思いながらバルコニーに向かう。

そこにはワインと煙草を片手に話すホストママとホストパパ、そして近所の人がいた。

わたしはジュースを片手に椅子につき、みんなの話に耳を傾ける。

それは、なんというか、寂しさが紛らわされて、心地よい気持ちになれる、そんな空間だった。

それからというもの、ホストママがバルコニーにいるのを見ると、わたしはジュース持って、「お邪魔していいかしら?」と、彼女の隣にちょこんと、まるで猫のように居座ることが増えていった。

近所の人が来ていて話が盛り上がっているときは、少し居心地の悪さを感じて、わたしは静かにリビングにいることが多かったけれど。

ホストママと二人で座るバルコニーは、なんとも心地よかった。

特別何か話したかったわけではない。

ただ彼女の隣にいたかった。だってその温かさは、何にも代えがたいものがあったから。

彼女はいつもバルコニーで何を考えていたのだろうか。

本を読むわけでもなく、誰かと電話するわけでもなく。

ただバルコニーに座って、煙草を吸う。

もしかしたら、何も考えていなかったかもしれない。

だって隣にいたわたしは、ホストママのぬくもりを感じながら、たそがれていただけだもの。

たそがれながら、いつも鼻から入ってくるのは、煙草の匂いだった。

煙草に慣れていなかったわたしは、はじめのころ、しばらく深呼吸ができなくて苦しくなっていた。

でもなぜか、苦しくなってでも、ママの隣にいたかったのだ。

そして、いつの間にか煙草の匂いにも慣れてしまい、その匂いも含めて、「バルコニーで過ごすママとの時間」になっていた。

滞在が終わって日本に帰ってくると、バルコニーで過ごしたママとの時間がなんと愛おしかったのだろうと思い出される。

その時間を思い出すのは決まって、ママの吸っていた煙草に似た匂いを嗅ぐときなのだった。

(2021年4月16日執筆、写真は2017年9月、3度目のバンクーバーにて。ちなみに、3度ともこのホストファミリーにお世話になっている。)

 きまぐれエッセイ

 少し複雑な心情や、心温まるエピソードなど。気ままに、気取らず、なめらかに。

2021-04-21|タグ: ,
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