【百姓見習図録 #1】草が青々としたこの頃に(ガーデン編)

北関東に住むちっぽけな人間が、土に触れ、生きものや草花と触れることに喜びを感じながら生活をしている。この風土とこの地域と、周囲の人たちと。何気ない会話をしながら多くを学ぶ日々である。

百姓になること。

100の仕事をできるひと。自然と向き合い、足るを知り、手仕事に長けたひと。その知恵を備えたひと。

大学生のころアグロエコロジストたちを調べてから、いつかそんなひとになりたいと思っていた。今はちょうど、そこから少しずつ少しずつ、その道を歩みはじめたところなのだ。

その記録を、写真に残したらどうかと思いたった。

ここでは「百姓見習図録(ひゃくしょうみならいのずろく)」として、主に菜園や田んぼ、ガーデンの草花などの記録をしていきたい。

時々文章も書くが、このコーナーでは写真を主体として、そこに言葉を付随させる形式を取る。言葉にできないものや言葉にしなくてもよいものでも、写真という形で表現できたのなら。

意図せずとも四季折々の時間の流れを感じられるような記録になれば幸いである。

菜園には毎日カメラを持っていくことはなく、気が向いた際にだけ写真を撮るようにしている。断片的になると思われるため、撮影日だけは忘れずに記載したい。

早速、4月末から撮った、緑多き写真を公開しよう。今回はガーデン(実家の庭とベランダ)で撮った写真である。


4月30日。控えめな咲き方。庭ではミツバツツジが天に浮いていた。

4月30日。少し下向き、夕方のクリスマスローズ。

4月30日。ピンクがかった方も素敵ね。クリスマスローズの花言葉は「慰め」だそうだ。

6月1日。5月はなかなか写真が撮れないまま、6月に入った。ジュンベリーの実が熟している。手の届くところにはもう生っておらず、すべて鳥たちが食べる。

6月3日。母がクルミから芽が出ているのを発見した。これがいくつも庭に生えている。なんだかいのちの強さを感じた。

6月4日。雨の日はしずくがキラキラしている。庭にはグランドカバーにクローバーが広がっている。

6月6日。クルミが順調に育っていることを確認。花が咲いていたころにひょうが降って、実がならないのではと心配していたからひと安心。わたしは「バナナみたい」父は「ブドウみたい」とクルミを例える。あなたにはどう見えるだろうか。

6月6日。母の植えたコマツナが花をつけている。このまま種までとれるといいな。

6月6日。越冬したプランターのイタリアンパセリが花をつけている。その甘い香りにハチたちもそそられる。

6月6日。この時期、鳥たちはクワの実を食べに庭に来る。朝、騒がしいなあ、喧嘩しているのだろうか、と外に出るとたくさんのムクドリたちがおいしそうにクワの実をほおばっていた。

6月8日。そしてこちらがスズメ。おいしそうに食べるわね。

6月9日。ジューンベリーがもう熟れ熟れ。鳥たちがうらやましい。

6月9日。鳥といえばガビチョウの鳴き声は年中聞こえる。最近はウグイスの真似をしているのか「ホーホケキョ」というガビチョウの声が聞こえる。「ものまね」の質が上がっていて、笑ってしまう。ガビチョウはすばしこくて撮るのが難しい。この写真もピントが合わなかった、、


以上、庭で撮った写真を紹介してみた。

写真は、我々の視点をいとも簡単に変える。

葉の形や虫の様子、花のつくり、今回は載せなかったが野鳥の様子も。

外側から、遠くから見ているのとは全然違う、内側の世界を見せてくれる。

今回、カメラに残された写真からいくつか選びながら、改めてそう思った。

だから「百姓見習図録」のコレクションには、ただの記録だけではなくて、写真にしたからこそ、ファインダーを覗いたからこそ見える世界をも、映していけたらと思っている。

さて、次はどんな写真が並ぶだろう。

4月に種を蒔いた作物が実らせた収穫物も紹介できるかもしれない。

菜園もまだ整備中で、やることがたくさんある。

ガーデンを早々に整備し、育ってきた苗を植えつけたいところだ。

ひゃくしょうみならいのずろく

『百姓見習図録』

自然を師とし、食べるものを自給できること、生きる知恵や手仕事に精通していること。そんな「百姓」の見習いが写真に映す活動の記録。

2021-06-10|タグ:
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