フランス人にとって、食とは何か。【ラジオ翻訳 #1】

MANGERというラジオチャンネルがある。manger(モンジェ)はフランス語で「食べる」という意味の動詞だ。

その名の通り、食に関することを扱うチャンネル。Louie Media(ルイ・メディア)という音声コンテンツを発信しているメディアのチャンネルの一つである。

ほとんどの放送を聴いてしまった私だが、第12回となる2020年3月26日の放送はとりわけ興味深かった。

今回はその放送の内容を私の解釈で紹介したい。

タイトルは、

Pourquoi s’indigne-t-on autant quand quelqu’un change une recette traditionnelle française ?(フランス料理の伝統的なレシピを変えようとするとなぜ人は動揺するのか。)

フランス人たちの食に対するかかわり方や伝統的な食を守るということ、そんなことを考えさせられるエピソードである。

食とは何だろうか。単なる生きるために必要なことか、「おいしさ」の追求か、楽しみか、文化か、はたまた人と人とのつながりか。

イントロダクション

イントロダクションではアムステルダムとパリのお昼の休憩の過ごし方の違いについて語られている。イラストからもわかるように、サンドイッチだけで10分しか費やさないアムステルダムと、何時間も食卓を囲むパリでは食と生活、食文化が違うようである。

(イラスト:MARI GUU https://louiemedia.com/manger

フランス人が食事をするのに何時間も費やすのはなぜなのだろうか。

このエピソードは、ジャーナリストのLaurianne Melierre(ロリアンヌ・ムリエール)がAlain Fontaine(アラン・フォンテーヌ)をインタビューする形で進められる。アランは、2003年からパリの2区に位置する、創業1883年のビストロ「Mesturet(メスチュレ)」のオーナーをしている。また2018年からは、パリのビストロとテラスをユネスコ無形遺産に登録するための活動を行っている。

※フランスではテラス席で食事を食べるのが一般的で、一つの文化であるとされる。特にビストロやカフェにはテラス席が多い。

食とは何か、伝統的なレシピに込められたものとは?

アランはまず、食についてこう語る。

食は、私たちの文化の一部であり、会話そのものなんだよ。つまりね、我々が会話をするときには必ずと言っていいほど食の話題がでるのはそういうことなんだ。それに、食文化というのは、私たちの歴史において大変重要な役割を果たしてきたんだよ。

「食(nourriture)」には、テーブルの上を飾る料理(plat)が重要であることは言うまでもない。食の伝統や歴史を考えるには伝統的なレシピも伴う。

そこで、タイトルの問いにもあるように「伝統的なレシピを変えようとするとなぜ人は動揺するのだろうか」ということに話は移っていく。ラジオでは、

「伝統的なレシピを変えるということは、自分たちのアイデンティティや思い出を壊すということであるから」

と述べられている。「おふくろの味」が日本でも温かみのあるものとしてしばしば取り上げられるが、歴史的な料理には、伝統や文化としてのストーリーや「おばあちゃんとの思い出」さえも含まれているというのだ。

有名な例として、クリームとベーコン、玉ねぎを使ったパスタのことを「カルボナーラ」と呼ぶことをイタリア人が強く反対することが知られている。

日本人だって、SOBAやTEMPURAとして海外で見るそばや天ぷらには何となく違和感を覚えるだろう。それは、自分たちが幼いころから親しんできた味や材料、思い出が異国の地で良くも悪くも「変換」されて提供されているからなのかもしれない。

「ビストロとテラス」にあるフランス文化。

2013年、日本の和食がWASHOKUとしてユネスコ無形文化遺産に登録されたのはご存じのことだろう。懐石や寿司ではなくWASHOKUが登録された理由や、登録後の課題なども考えたいところだが、ここでは控えておく。

思い出したいのは、和食が登録される3年前、2010年にユネスコにいち早く食文化が登録されたのは、フランスの美食(la gastronomie française)であったということだ。

アラン・フォンテーヌは、フランス料理が登録されたことは必要なことだったとしているが、このままではそれはうわべだけの「vitrine(ショーウィンドウ)」に過ぎない存在である、と述べている。

つまり、我々日本人(外国人)がイメージするフランス料理、アミューズ・ブッシュから前菜、魚料理、肉料理、チーズ、デザートというようなコース料理の形式やその芸術が評価されているだけであって、一般の市民レベルでの「おふくろの味」やそこにある伝統や文化、フランス人にとっての食の意味、冒頭の長い時間をかけて食べるという習慣、そういったものが含まれていないのではないか、と指摘するのだ。

だからこそ、アランは「ビストロとテラス」を守ることの重要性を語る。

ビストロやカフェの存在、特徴を彼は「art de vivre(アール・ド・ヴィーヴル)」と呼んでいる。あえて訳せば「暮らしの芸術」や「暮らしの美学」とでも訳せようか。日本語や英語では「ライフスタイル(life-style)」として「スタイル」と呼ぶが、「アール・ド・ヴィーヴル」ではart(アート)つまり芸術、美学という言葉が使われている。

彼はそれについてこう言う。

これをどう表現したらいいかわからないけれど、ビストロやカフェにはart de vivreがあるんだよ。アメリカ人も日本人も、世界中の人たちが理解できないというけれど、これがフランスの文化なんだ。おいしいものを囲んで、食事を楽しみながらフランス人たちはすごく真剣でシリアスなことを話すのさ。そこに遠慮はないんだ。

料理やビストロの中で、私たちは意見交換をして、会話をして、時には言い争いになることもあるけれど、結果にたどり着くんだ。だからフランスの歴史には料理が大切で、歴史の中に料理が含まれているのだよ。

アランは、このビストロやカフェにおける「art de vivre」、つまり時間をかけて真剣に語り合うという文化こそが重要で、ビストロの減少とともに消費社会の中で脅かされていると指摘する。

実際、France Boissonsの調査によれば、1960年代には60万軒あったフランスのビストロは、2016には3万4千軒にまで減っていることが報告されている。

ビストロの必要性

レストランとビストロの違いは語り手によって定義が異なるかもしれないが、アラン・フォンテーヌによれば、その違いは明白のようだ。

レストランは食べる場所で、ビストロは場所ではなくart de vivreであり、集まった人が一緒になって語り合い、共有する、生き生きとしたところなんだよ。まるで劇場のように、そこには人間的なドラマがあるんだ。人と人が一緒になる場所、それがビストロなんだよ。

「人が一緒になる(être ensemble)」というのは、助け合うとか、一緒に考えるという意味を持ちながら、それが「友情」という形で社会の中に存在するということでもある。

フランス語に存在して日本語にはない単語の一つにconviviale(コンヴィヴィアル)という言葉がある。日本語だと「共生」や「活気のある雰囲気」というニュアンス。

まさにart de vivreのあるビストロやカフェ、テラスはコンヴィヴィアルな空間なのだ。

アランはラジオの最後に、こんなメッセージを伝えている。

フランスの美食の歴史は200年から300年、ビストロの歴史は150年。確かに社会は近代化している。でもそれは、私たち自身の中に存在することには影響しないと思う。時間も加速化していて、それに適応するべきかもしれないけれど、それは大切なことを失うということではないはずだ。

私たちは城を守り、教会や大聖堂を守り、映画や劇という文化も守ってきた。健康的で、公正で、創造的で、クオリティーの高い食、そしてビストロのようなart de vivreを、子どもたちの世代まで守っていこうじゃないか。

最後に

アラン・フォンテーヌのパッションは、ラジオを聴いているだけで伝わってくる。

食というものは、単なる食べるということ、美しいフランス料理だけではなくて、そこに人とのつながりがあり、政治があり、文化があり、歴史があり、そして会話があるもの。

それは、効率や生産性とは程遠いものであるけれど、フランス人にとってなくてはならない、共有の時間なのだ。

このエピソードで話されている「art de vivre」や「コンヴィヴィアリティ」は食事の場面だけではなく、社会の中で忘れてはならない、有機的で、人間味のある、不可欠なものなのではないかと思う。

フランスのビストロに秘められた、真の存在意義と、それを守ろうとするアラン・フォンテーヌの言葉は、日本に住む私たちのあり方をも考えさせられるような、そんなものだった。

 Radio Info

 MANGER — Louie Media

 2020年3月25日放送 #12

タイトル:Pourquoi s’indigne-t-on autant quand quelqu’un change une recette traditionnelle française ?

Thumbnail photo photo by Sophie Augustin on Unsplash

2021-01-14|タグ:
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