【フランス便り】ソリダリテの精神。

これは、フランスという国について少しずつ理解しようとしていた時にふと思ったこと。

フランスのことは、行く前から少しは学んでいたはずだけど、実際にフランス人と話したり、実際に何万人規模のデモと並んで歩いたり…

文章で読んでいたものを自分の目を通じて実際の出来事として見ると、腑に落ちるものがあった。

何キロにもなるデモ隊と一緒に歩くので精一杯で、実際に歩いている人たちと話す勇気と知識はその時なかったけれど、それでも日本にいる時よりも頻繁なデモやストライキを通じて少しフランスのことが見えた気がした。

大学生になっていつだったか、誰かのことを好きになったり、目標を共有して一緒に何かを成し遂げることの力強さを感じたり。他人に興味を持つようになった。誰かと何かを共有することがとても面白いことだと感じるようになった。

それまで一人が好きで、誰かと一緒にやるなんて考えられなかった私。どうせ理解されないとか、一人で行った方が効率良いとか。そんなことを考えていた自分に伝えてあげたい。

「みんな一人一人違うのだから理解されないのが普通。でも理解できないくらい違う意見を持つ人がいるから新しい発見があるの。共有してみたら見えないものが見えることもあるんだよ。」と。

フランスにいるとその「共有する」ということがとても大切にされているのだということに気づく。たくさんのアソシアッション(association : 組合のような、NPOのような団体)があって、社会の問題について一緒に考えたり、討論したりする会が頻繁にある。

オフィシャルな場でなくても、食事をしながら、カフェで一休みしながら議論する姿は、日本人にとってみればうるさく感じるかもしれないけれど、私はそんな文化があるからこそ、政治に対しても社会問題に対しても、教育のレベルや所得の差に関係なく、皆自分事として物事をとらえられるようになるのではないかと見えた。

「共有」と結びついているのは、「ソリダリテ(solidarité : 団結)」の文化。それは、知らない人であっても手を差し伸べることが当たり前で、他人を思いやり、困っている人を助けることで自分も少し幸せな気分になる、という精神でもある。物事を共有するからよくしゃべる。意見の違いで討論になる。デモのように集まって意見を表明する。

デモやストライキをするのには、歴史的、政治的背景もあるにせよ、時間と労力をこれほど使って行動に起こすには、きっとソリダリテの精神が根っこの部分にあるからなのではないかと一連の運動を見ながら感じたのだった。

ちょうど私がフランスに行って3か月が経とうとしていたころ、学校でデモが起きた。大学は閉鎖され、授業は行えず、挙句の果てにテストをバーで行うことになったのはよい思い出だ。

その時に先生が言っていた言葉がとても印象に残っている。

デモやストライキを起こして仕事をしないということは給料がもらえないということなの。でもね、こうやって行動を起こすことで法律が決まったり、権利が守られたりするから将来のために行動していると思うと意味があることだと思う。なんでデモをするかって?それは未来のためになのよ。

それは街頭行動をする国らしい、フランス人らしい考え方で、そんな社会に慣れていない私にとってはフランスという国を知っていく上で基本になるような考え方に出会った瞬間でもあった。

2020-05-27|
関連記事

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です